【報告】第1回関西パレスチナ研究会

実施日時:2016年11月5日(土)13:00~18:00
実施場所:キャンパスプラザ京都 京都大学サテライト講習室

報告①「イスラエルの市民社会と解決困難な紛争」
吉村季利子(大阪大学大学院国際公共政策研究科招聘研究員)

 報告者は、イスラエルの市民社会(NGO/NPOおよび非営利組織)が長期紛争下においていかなる役割を求められるかという問いに対し、イスラエルの社会心理を考慮した分析が有効であると論じた。報告者によると、イスラエルでは、非営利組織を規制するAmutot法や政党法により、市民社会は主に国家政策のサポート的役割を担ってきたという。その上で報告者は、イスラエル・パレスチナ紛争は「解決困難な紛争」であると論じ、その要素の1つであるユダヤ人社会の「社会的信念」に着目し、イスラエルのNGO/NPOの活動がこの社会的信念にいかなる心理的効果を与えてきたかを分析した。
 質疑応答では、オスマン帝国時代や英委任統治時代にパレスチナに存在したユダヤ人社会とイスラエル建国後の市民社会の歴史的関係性に注目する必要性や、イスラエルにはパレスチナ・アラブ人の市民社会も存在するから「イスラエル=ユダヤ人社会」と見なすべきではないという点、ならびに、シオニストは旧イシューヴに対するフィランソロピーには批判的であったにもかかわらずイスラエルでNGO/NPOが増加しているのは逆説的であり、その点を深く分析すべきであるといったコメントがあった。また、パレスチナ・イスラエル紛争の起源は1948年戦争にあるにもかかわらず、1967年戦争を紛争の起点と見なして活動するイスラエルの市民団体が多いことの問題性が指摘された。(文責:今野泰三)

報告②「村民たちの口述語りから見たデイル・ヤーシーン村」
金城美幸(日本学術振興会特別研究員RPD)

 報告者は、1948年4月9日に起きたデイル・ヤシーンでの虐殺事件に関する公的語りに対し、村民自身による口述語りと過去意識に注目する必要性を論じた。報告者はまず、「虐殺」、「大量虐殺」、「ジェノサイド」、「民族浄化」という概念を巡る議論を整理したうえで、イスラエルの歴史言説および「歴史学的知」が植民地主義・民族国家形成と密接な関係を持ってきたと指摘した。そして、そうした公的言説に対し、パレスチナ人研究者が行ってきたパレスチナ・アラブ村民の過去認識を掘り起こす試みに着目し、その代表例として『破壊されたパレスチナ人村落 デイル・ヤーシーン』が詳しく紹介された。結論として報告者は、実証的言説が優位な立場に置かれているため村民の過去意識が見落とされており、かつその意識も西洋近代と伝統社会という二項対立に回収される危険性がある一方、村民の語りは善悪のグラデーションと重層的な時間・空間的認識を含みこんだ慣習的知の存在を示しており、西洋近代が敷いた二項対立を「回収」する術を内包していると論じた。
 質疑応答では、「虐殺」や「民族浄化」の定義を議論するよりも「殺人は許されない」というルールだけで本来は十分なはずであると指摘するコメントや、デイル・ヤーシーン村の語りは優れた地誌としての価値を有するといったコメントがあった。また、村民への聞き取りの手法や虐殺事件における女性に対する性暴力の有無に関する質問があった。その他、ユダヤ人入植者社会を「都市」と捉えてアラブ人村落との関係性を分析していくことの重要性を指摘するコメントもあった。(文責:今野泰三)