2021年5月10日~21日に起きたイスラエルによるガザ地区への大規模攻撃という事態を受けて、関西パレスチナ研究会では緊急声明と日本政府への要請書を発表しました。
==================================================
イスラエルによるパレスチナ占領、住民追放、ガザ地区封鎖の終結を求める声明
関西パレスチナ研究会
2021年5月24日
関西パレスチナ研究会は、パレスチナ被占領地(東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区、ガザ地区)、及び、イスラエル領内で数多くの生命が不当に奪われ、パレスチナ人の人権が抑圧され続けるという事態を強く憂慮します。そして、この度の一連の出来事がメディア報道や一部のコメンテーター、政策決定者によって、イスラエルとパレスチナの間での暴力の応酬や、どちらも正当な2つの主張のぶつかり合いだとされたり、あるいは、その原因がハマースによる「テロ」にあるとされていることをも憂慮します。このような理解は歴史的経緯を踏まえないもので、現在の事態の根本原因に関する誤解をさらに広めかねないものと懸念します。
問題の根本原因は、欧州におけるユダヤ人差別を背景として、日本を含めた列強諸国が、第一次世界大戦後、先住者であるパレスチナ人の民族自決権を無視してシオニズム運動を支持してきたことにあります。国際社会のパレスチナ人に対する不公平な扱いは、入植型植民地国家[i]イスラエルのみの国連加盟承認、イスラエルのパレスチナ人への人権抑圧に対する無処罰の姿勢というかたちで今日まで続いています。その結果、パレスチナ被占領地を入植地や分離壁、検問所を通じて分断支配し、イスラエルのパレスチナ人の平等権やパレスチナ難民の帰還権を認めないという現在までのイスラエルのパレスチナ人隔離・排除の体制が温存されてきました。こうしたイスラエルの体制についてパレスチナ人は長らく「アパルトヘイト犯罪」であると訴えてきましたが、近年ようやくイスラエル国内外の人権団体も、アパルトヘイト犯罪という人道に対する罪を構成すると批判の声を上げ始めています。[ii]
イスラエルは、先住者であるパレスチナ人の故郷からの追放とその民族的存在の否定という暴力の上に建設されました。そして、その暴力は、73年を経た今も、西岸地区、ガザ地区、イスラエル領内のパレスチナ人を家屋破壊や爆撃によって追い立て続けています。パレスチナ人は、この追放と苦難を「ナクバ(大災厄)」と呼びますが、それは現在も続いているのです。そして、この暴力は、先住者であるパレスチナ人を排除し、この地を「ユダヤ人の祖国」に作り替えようとする、シオニズム運動の入植型植民地主義と人種主義的政策によってもたらされたものです。
今回の事態の発端の1つは、東エルサレムのシェイフ・ジャッラーフ(日本語メディアでは「シェイク・ジャラ」と表記される)地区に暮らすパレスチナ人に対する強制追放の危機と、それに伴うパレスチナ人からの抵抗活動にありました。今回、強制追放の危機にさらされているシェイフ・ジャッラーフ地区のパレスチナ人家族はみな、イスラエル建国時に故郷を失った難民です。よって、イスラエル当局が、難民の故郷への帰還権を認めないまま、自らが生み出した難民をさらに排除して追放し、ナクバを生み出し続けていることは到底許されることではありません。そして、東エルサレムを1967年に一方的に併合したイスラエルの措置は国際法上無効であり、今回の強制追放命令は、占領地住民の追放を禁じる国際人道法違反に当たります。
また、ガザ地区は、2007年以来現在まで、イスラエルによって陸・空・海を完全に封鎖されており、ガザ地区の住民は、パレスチナの他の地域や国外に自由に渡航することができず、輸出入も制限され、ガザ経済は壊滅的状況にあります。ガザ地区の住民はイスラエル領内との境界線に近づくことも許されず、農民が境界線近くの畑を耕すこともままなりません。この封鎖政策は、イスラエルが国際社会の声を無視して継続してきた軍事占領・戦争犯罪の延長線上にあり、占領地住民に対する集団懲罰を禁じる国際人道法違反に当たります。
ガザ地区の人口200万人のうち、実にその約3分の2が、イスラエル建国時に故郷を失い、難民となってガザ地区に逃げ込んだ人々とその子孫です。ガザ地区の住民たちは難民か否かを問わず、封鎖によって食糧・医療品・エネルギーに事欠く人道危機の状況を生きながら、封鎖開始以降、2008-9年、2012年、2014年の3度にわたるイスラエル軍の大規模攻撃を経験してきました。5月10日に始まった今回の攻撃でも、5月21日現在確認された限り、242人のパレスチナ人が殺害されました。封鎖下のガザには安全な場所はなく、イスラエル軍による攻撃の間、住民たちはいつ爆撃されるかわからない恐怖の中で過ごしていました。
5月21日に空爆と砲撃は停止されましたが、ガザ地区の人々は依然として封鎖下にあります。ガザ地区の人道危機の状況や今回の攻撃に対してイスラエルに国際法上の責任を負わせない限り、ガザ地区への空爆や侵攻といった悲劇が再び繰り返されてしまいます。今年3月、国際刑事裁判所(ICC)は2014年6月13日以降のパレスチナ被占領地における戦争犯罪について調査を行うという決定を発表しました。封鎖による人道危機とイスラエル軍によるガザ地区への攻撃はどちらもICCの調査対象になる可能性があり、主要ドナー国である日本はパレスチナ被占領地での戦争犯罪の調査に対しての責任を負う立場にあります。以上の状況に鑑みて、当研究会は別掲の通り、日本政府に対しICCによる捜査への協力等、パレスチナ/イスラエルにおいて国際法が尊重されるためのさらなる努力を求めます。日本政府にはまた、ガザ地区の封鎖解除、及び、東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区でのパレスチナ人に対する攻撃や家屋・財産の接収と強制追放の即時停止、及びアル=ハラム・アル=シャリーフ[iii]におけるパレスチナ人のアクセス制限の撤廃をイスラエル政府に要求するよう求めます。
最後に、メディアや政策決定者の中に、パレスチナ問題を「対等な立場と正当性を持つ2つの主張のぶつかりあい」として理解して双方の間での「妥協案」を探るといった、中立性を装った姿勢が見受けられることを憂慮します。パレスチナ問題は、現在に続く植民地主義の問題であり、植民地支配下の人々が民族解放のために闘争する権利を認めた国連総会決議[iv]を思い起こす必要があります。日本にも、かつて中国東北地方で入植型植民地主義を実践し、甚大な損害を中国民衆と日本人入植者にもたらした経験があります。また、朝鮮の植民地化によって国籍を強制しながら、戦後に在日朝鮮人からその正当な権利を一方的に奪わった歴史もあります。これらを想起するならば、反ユダヤ主義と植民地主義との重層的な共犯関係の中でイスラエル国家が設立・承認され、衆人環視の下、パレスチナにおけるアパルトヘイト体制が構築されてきたことは決して他人事ではありません。パレスチナ人の集団的権利と個人的権利の尊重に向けて行動することが、日本社会にも強く求められているということを、広く訴えたいと思います。
(私たち関西パレスチナ研究会は、パレスチナ問題、及び、パレスチナ/イスラエルを専門とし、関西地方等に拠点を置く研究者のグループです。)
[i] 入植型植民地主義(settler-colonialism)とは、他の国や民族の土地に入植者を送り込み、先住者を排除・隔離して土地に対する権利主張を抹殺することによって入植者社会を形成していく植民地主義の一形態を指します。(参考:パトリック・ウルフの論文「入植型植民地主義と排除の論理」
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/14623520601056240)入植者社会が主権国家を樹立する場合も、母国の政治支配の下にあり続ける場合も、先住者社会に甚大な被害を与え、権利回復を目指す闘争がパレスチナや南北アメリカ、オーストラリア、南アフリカなどで起こってきました。
[ii] イスラエルNGOベツェレム報告書『アパルトヘイト』(2021年1月12日、https://www.btselem.org/topic/apartheid)、ヒューマン・ライツ・ウォッチ報告書『一歩を踏み出す――イスラエル諸機関とアパルトヘイト犯罪及び迫害の罪』(2021年4月27日、https://www.hrw.org/report/2021/04/27/threshold-crossed/israeli-authorities-and-crimes-apartheid-and-persecution)。
[iii] アル=ハラム・アル=シャリーフ(日本語メディアでは「ハラム・アッシャリーフ」と表記される)とは、東エルサレムの旧市街に位置し、イスラーム第3の聖地アル=アクサー・モスクを含む聖域の名称です。今回の一連の衝突の発端は、イスラエル当局が今年4月から、パレスチナ人のアル=ハラム・アル=シャリーフへのアクセスの制限を強化したことにありました。
[iv] 国連総会決議3314号(1974年)、国連総会決議37/43号(1982年)。